【デザイナー必見】映画予告映像に見る魅力的なタイポグラフィーTOP10!(2024.3)
今回は、映画予告映像にフォーカス。2024年3月5週目の公開中の映画の予告編を片っ端から視聴しました。予告映像ってどれも面白そうで本編も観たくなりますよね。映画の予告映像は1分〜1分半ほどの時間にギュッと世界観が表現されていて、文字情報の出し方も凝っています。2時間ほどのストーリーを「観たい!」と思わせる宣伝映像にするのは、本当に難しい作業で、文字要素まできっちり映像に組み込めれていると尊敬の念しかありません。何気なく観ている映像にもこれぞプロの仕事!という技がちりばめられています。
筆者もタイポグラフィー中心に予告映像をたくさん観たことはありませんでしたが、気付いたのは、英語版、日本版で映像内のフォントの選び方も、タイトル文字のデザインもかなり違うということ。邦画のタイトルそのものがかなり意訳されていたりすることは知られていますが、フォントの使い方でも印象が全く違います。その点を深掘りしても面白そうですが、かなりの時間を要しそうなのと、日本語のフォント使いに注目したいので、ここは割り切って、タイポグラフィーが印象的だった予告映像TOP10です。個人的な主観も入りつつですが、デザインを生業としている視点から選んでいます。
タイトル文字や、エンドロールが素晴らしいなと感じる映画はたくさんありますが、選ぶのも大変なので、期間を限定し、2024年3月5週目に公開中のものの予告映像に限定しました。筆者にとっても勉強になり、3ヶ月に一度はTOP10を選んでみようと思います。記事がストックできたらそこから一年ほどのデザイントレンドを振り返るのも面白いかもしれません。
No.1「哀れなるものたち」(2023年)
英題のタイトルとポスターのデザインはギリシャのグラフィックデザイナーVasilis Marmatakisで、これまでもヨルゴス・ランティモス監督の映画に多く携わっている。映画ポスター史に残る近年稀に見る美しいポスターではないかと思う。邦題のタイトルデザインも手書きの縦長に引き延ばされた「POOR THINGS」と同じ幅で「哀れなるものたち」という日本語をはめ込んであり、デザインを踏襲している。
それにしても、味わい深くて印象的な手書き文字。昔の映画の手書き字幕のような癖があり、近しい造形かもしれない。邦題のデザイナーについては確認できず、非常に気になっている。とても美しい造形で、英題のほうがあっさりして見えるほど華やかさも感じられる。「哀れなるものたち」のタイトル文字の素晴らしさに衝撃を受け、検索したことから今回のテーマを思いついた。
エンドロールも素晴らしいとの噂。衝撃を受けて早数ヶ月、未視聴なので、そろそろ映画館へ駆け込まねば。タイポグラフィーを楽しみに。
No.2「PERFECT DAYS」(2023年)
KIGIの植原亮輔さんが自身のインスタグラムで「『PERFECT DAYS』のタイトルロゴをデザインしました。」と公表されていました。
「本編の編集中、ヴィム・ヴェンダース監督が共同脚本家の高崎卓馬さんに急遽ロゴをつくる件を相談し、デザインする流れになりました。Tの下にある表現は流れる水や木の根のイメージです。」と投稿されており、特徴的なのはTの下の部分。
文字組がとても綺麗なことと、かなり太めなゴシックなのに、ちょっとかわいいのは、さすが植原さんという印象。このフォントはありそうでない感じで、Webページをフォント検索にかけると、こぶりなゴシックが使われていたので見比べてみる。Barlow Condensedのほうが近いかもしれない。元のフォントはそうかも?というくらい手を加えてあり、こぶりなゴシックがごんぶとゴシックに。かわいく見せているのは「C」の形だと個人的には感じる。
温かみのあるフォルムはレタリングの看板文字のようで、下手するとダサくなるかというところ、美しいバランスがperfect感を増していて気持ちがいい。「WIM WENDERS」の文字の並びもとても格好がいい。
演出としては予告映像の最後、タイトルの下に影が出るのもおしゃれ。タイポグラフィー好きは必見。
No.3「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」(2024年)
浅野いにおさんの初アニメ映画化作品「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」のタイトル文字は漫画表紙と共通するデザイン。2014年の「MdN12月号:漫画デザインのタイポグラフィ特集!」で「『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』タイトルデザインが主張する理由」というインタビューが掲載されており、当初からタイポグラフィを漫画の中で効果的に使うことは意識されていたよう。
予告映像全体を通しても、文字使いが秀逸で、声に出して言いたくなるインパクトとリズム感のあるタイトル、特徴的なレタリング。基になったフォントがあるか不明だが、公式webサイトではタイトル文字以外も同じ造形の文字が使用されている。漫画家はフリーハンドでもレタリングによる文字造形が出来る方も多くいらっしゃるので、デザイナーのように基フォントは特にないかもしれない。オリジナリティがあり、世界観との誤差もなく、最高にクリエイティブ。
アルファベットはBarlow Condensedということで、No.2に選んだ「PERFECT DAYS」のタイトル文字の基のフォントに近そうだと気付いたのはこちらを調べてから。ただ眺めているだけではわからない、フォントのトレンド感もだんだん見えてきたりする。
No.4「STOP MAKING SENSE 4Kレストア」(2024年:1984年)
タイポグラフィの視点で予告映像を観るというテーマにぴったりの、この映画が公開中というのがラッキーだった。「STOP MAKING SENSE」のタイトル文字デザインはグラフィックデザイナーのパブロ・フェロ。代表作はスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情』『時計じかけのオレンジ』や『MEN IN BLAK』『アダムス・ファミリー』『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』など、教科書レベルの映画ばかりなので、これらもタイポグラフィーに注目して改めて鑑賞するのも楽しめそう。
興味のある方はパブロ・フェロの主に1960年〜1980年に制作したものを紹介している動画「Pablo Ferro: A Career Retrospective」もYouTubeで観ることができる。
トーキング・ヘッズの1983年のライブ「STOP MAKING SENSE」の映像の4Kレストア公開の予告動画内で、頻繁に挟まれる黒ベタに白のゴシック文字のカットは当時の色味や解像度に合わせてありRGBカラーが文字の縁でずれていてぼやけていてブラウン管テレビ風で芸が細かい。フォントはFOT-セザンヌ Pro Bかと思われる。
この映画でトーキング・ヘッズのライブ映像を初めて観てショックだった方は、現在のデヴィッド・バーンのステージが観られる2020年公開「アメリカン・ユートピア」もおすすめ。
No.5「笑いのカイブツ」(2024年)
シンプルに、エッジの効いた殴り書きの手書きのタイポグラフィーが目に止まった作品。さっと書いたように見えるメモ書きのような文字はバランスが難しく、意外と何百も書いたうちの1点ということも普通にある。
「伝説のハガキ職人」として知られるツチヤタカユキさんの同名私小説が原作。本の表紙をチェックしたところ、全く違うイメージ。史群 アル仙さんによるコミカライズ版もあり、そちらも異なる。3媒体でメインイメージを変えているパターンで、一つの作品をそれぞれのクリエーターの個性に合わせているのだろう。小説、漫画、映画のそれぞれの解釈や表現が異なることを感じさせる。
No.6「ボーはおそれている」(2024年)
こちらの映画のアートワークはグラフィックデザイナーの大島依提亜さん。今作と同じくアリ・アスター監督の『ミッドサマー』や『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『万引き家族』など数多くの映画のパンフレットやポスターを手掛けられている。主にポスター、チラシ、パンフレット、Blu-rayパッケージなど紙ものを担当されているので、予告映像内の差し込みの文字カットは大島依提亜さんではない気もする。映像ではサムネのアートワークが該当する。
「BEAU IS AFRAID」という英題の文字組(フォントはForumか)は英語版ポスターと同じで、英題の文字組の下に邦題「ボーはおそれている」の邦題を入れてあり、英題のフォントに合わせてシネマフォントあたりを基にして創作されたのではないか。タイトルに日付も含めた文字組のバランスが上品。ホラー感のある英語版ポスターより文字色も明るい黄色で、シュールレアリズム絵画風の不穏だがファンシーなメインビジュアルは、ストップモーションアニメのシーンが入り混じる映像を表現されているようだ。レビューによるとずっと怖いらしい。
No.7「Here」(2024年)
ベルギーのバス・ドゥヴォス監督による繊細な映像美を淡々と見せる予告映像で、タイトル表示後のクレジットが右揃えなのが珍しいからか、とても余韻と共に印象に残る。Hereの英語版のビジュアルが不明で、元々のタイトル文字なのかわからないが、そのまま使っているのではと思う。右の「ヒア」は筑紫明朝で文学的な雰囲気にしっくりはまっている。文字の扱い方が丁寧で、小説を読むように行間がありふわっと表示される。
邦題も意訳せず、音読みのカナ文字というタイトルは短い単語で、バランスが難しいだろうし、さりげない縦書きが程よいアクセントになっている。
No.8「カラーパープル」(2023年)
お手本の王道の予告映像という構成の「カラーパープル」。原作はアリス・ウォーカーがピュリッツァー賞を受賞した同名小説の受賞40周年でのミュージカルリメイク映画。ハリウッドのミュージカル映画とはこういうものというキラキラのド派手なイメージど真ん中のビジュアルに既視感があり、新作だっけ?と感じなくもないが、ハリウッド映画のタイトルデザインの王道とはどういうものかを一度じっくり観てみるのも勉強になる。
英語版のタイトルのフォントはAcumin Pro Extra Condenseで、文字の造形も原型からいじられていないようだ。カタカナの「カラーパープル」のフォントが何かわからなかったが(コーポレート・ロゴフォントに似ているが)、これだけ大きくカナ文字を堂々と載せると迫力がある。このビジュアルや派手なゴールドやグラデーションカラーでなければ、普段はなかなか使いづらそうだ。ハリウッド映画みたいなコンセプトのデザインをしよう!というときには参考に。
No.9「葬送のカーネーション」(2024年)
トルコのベキル・ビュルビュル監督作品「葬送のカーネーション」は老人と孫娘のロードムービー。タイトル文字の中でフォントが3つは使われているようで、珍しい作り。「葬送」の部分は筑紫A丸ゴシックに近いフォントで、カーネーションの部分は完全に創作されているかもしれない。崩し方もぎりぎり読めるかという個性的な造形で、タイトル文字の下にある、毛糸の模様を表現しているようだ。子供のお絵かきだろうか。登場人物の孫娘のハリメに寄り添うような優しげなタイポグラフィーになっている。
No.10「ソウルメイト」(2023年)
デレク・ツァン監督の「ソウルメイト」の予告映像もいくつかのフォントが多用されている。テキストが丸明オールドから豹明朝へ変わり、終盤のタイトルの「ソウルメイト」はTA-楷Regularに少しざらつきの加工をしたものと、鉛筆で書いた手書きの筆記体を画面いっぱいに配置した動きのあるタイポグラフィー。なぜテキストが丸明オールドから豹明朝へ変わる必要があるのか一見わからないが、幼少期(丸明オールド)、青年期(豹明朝)と、時代で切り替わっているようだ。「絵を描くのが好きな二人」だからタイトルは鉛筆の質感がしっかり残っている筆記体ということで、エモい青春とミステリーを文字デザインでも表現している。
TOP10をふりかえり
予告映像をひたすらみるのも、選んだ後それぞれの映像、フォント、デザイナーなどについて調べるのも、それなりに時間のかかる作業でしたが、公式サイトや繰り返し映像を見てわかることもあり、非常に学びになりました。無料でできる教材として、デザインを学ぶ方にもおすすめしたい勉強法です。
デザイン雑誌も少なくなり、定期的には読まなくなりました。昔は毎月立ち読みして最新のデザイン事例を自然に頭に入れていたのに、インプットもピンタレストやインスタグラムなどSNSからが多く、情報が偏っていたと反省もありました。
これまで使っていなかったフォントが何度も出てきて早速ダウンロードしたりしました。今はフォントも無料のものも多く使われています。映画は時代感がしっかり反映されるジャンルなので、使われているフォントはフレッシュです。「今」を表現するのに、見つけたフォントを活用していきましょう。